2007-06-01から1ヶ月間の記事一覧

6/26 カシュガル4日目

明日はタシュクルガンという街の近くのカラクリ湖というところに遊びに行く予定です。ここカシュガルから3−4時間で行ける(らしい)のですが、標高は3600mくらいの場所できれいなところみたいです。宿で出会った日本の方と一緒なので今回はコミュニケーシ…

カシュガル6/25

またつっぱしってしまい、現在カシュガルにきています。昨日は気温が43度もあったようですが湿気が少ないのでそれほどいやな暑さではないです。ただ、直射日光を浴びているとまさに"焼けるよう"です。暑さで有名なトルファンなどは先日50度を超えたとか。。…

敦煌6/20旅人の家

敦煌には元日本語ガイドさん(中国人)の隋さんが経営している"旅人の家"という日本食の食べられる小さな食堂があります。ガイドブックにも載っていて、立ち寄った日本人バックパッカーがいろいろ情報を書き残した"情報のーとがありますのでぜひよってみてくだ…

敦煌6/19 砂漠

西安のユースホステルで一緒だった人と偶然敦煌で出会い、一緒にツアーに参加することに。 え?明日じゃなくて今すぐ?ちょっと驚きましたが、せっかくのお誘いだし、夜に砂漠で一泊して翌日の朝に"ばっ高窟"へいくツアーという魅力的な内容だったのでその場で…

西安6/15 兵馬俑

西安についた初日なのですが、ツアーの時間がぴったり合ったのでさっそく参加して兵馬俑に行ってきました。そのまえに!この宿!ワイヤレスで部屋から接続できるじゃないですか!! 初めてですよこんな環境!!\えーと兵馬俑です。 探してまわるのがめんどく…

6/13北京 念願の

ねんがんの カザフスタンビザを てにいれたとにかく今日はこれに尽きますね。それから景山公園で読書をしました。おきにいりの"十八史略"なのですが、ここは北京。読んでいたのは始皇帝暗殺のくだりだったので舞台はちょうど燕の国(現在の北京のあたり)、刺…

岳陽 洞庭湖

日暮れの洞庭湖 建設中の楼 道案内をしてくれた高校生カップル

北京6/12 黄色い北京

朝、いつものように散歩にでようかとそとにでたらなんかやけに黄色くみえる。。まるで夕方みたいだ。。 ちょっと写真は黄色すぎますね(汗)でもいつも通りに普通にとったらこんなかんじに写ったんですよ。カメラは正直? 見えない汚染物質や細かい黄砂のつぶま…

北京6/11 西方への道

行ってきましたよ3度目の正直!夕べの午後8時に。。 この時期の北京は8時でもまだ薄明るくて、わりと小綺麗な大使館沿いの通りの路肩にひとりポツーンと座ってるのがなにかかなり浮いている感じでしたが、はるばる北京で1番乗りできたってのはかなりうれしか…

中国事情 食事

毎日、というか毎食こんなかんじですね。 お気に入りは"トマトの砂糖かけとにかくビールが安くて(笑)店にもよりますがだいたい2元から5元。毎食飲んじゃってます。水だってペットボトルで2元なんだもん。。。メインが10元ほどでおつまみが5元くらい。ちょっ…

北京6/10遠いカザフスタン

まだ北京です。なんでかというと、カザフスタンのビザがなかなかとれないんです。ビザが許可されないのではなく希望者が多すぎて、並んでも並んでも時間が間に合わないのです。並んでいるのは20にんくらいなのにですよ。。。受け付けは月水金の三日だけだし…

北京6/7 長城へ

行ってきましたよ万里の長城へ! といっても実は期待の方が大きかったみたいで、正直な感想としてはいまいちだったんですけどね。 雄大な景色とどこまでも続く長城が心の奥まですうーーっとさせてくれ。。すはずだったのですが、空気が汚れているせいか、かす…

北京6/5

"到、北京!" 寝台者の3段ベッドの一番上に寝ていた僕は、下からの大きな声で飛び起きた。慌てて時計を見ると6時半。。え、もう10時間たったのか。よく寝たもんだ。。 心の準備もなくしかも寝ぼけ眼で降り立った北京駅はは思ったよりも小さくて意外だった。広…

合肥6/4

九江から電車で5時間。安徽省の合肥という町に来ています。三国志 ファン にはききおぼえ のあるまちですよね。やっと電車にも慣れてきた感じですが、尻が痛いです(笑)。硬座(2等車の一般席)での限界は5時間くらいかなあ。。それ以上だと硬臥(2等寝台)でない…

ふぉとぞう

ふぉとぞうにしゃしんのあっぷができません。。 さいずを ずいぶんちいさくしてるのに。。 もっとちいさくしてまたちゃれんじしますね! と、おもったらここにのせられるんだね! すこしずつのせていきます。 しゃしんは'こうしゅう'でのものです 広州での友達…

九江6/2

ごぶさたしてました!やっとログインです。ここは江西省九江市です。 旅立ってから10日がすぎました 。なぜ九江にきたのかというと、今回の旅のただ一つの明確な目的があったのです。 祖父がこの近くで戦死したらしく、帰還した戦友の手紙に書かれていた住所…